こんにちは、きのこ母さんです。

大学時代から6年間、塾講師や家庭教師のバイトで教育に携わってきた私。「教える」仕事は本当に楽しくて、天職かもしれないと思ったくらい大好きな仕事でした。

今はわが子に手いっぱいですが、やっぱり心のどこかで「もっとやりかったな~」「いつかまた教える仕事ができたらいいなぁ」という思いはあります。

「みかづき」という小説は、教育の仕事に携われたことを「幸せだ」と思わせてくれました。

時代に翻弄されながら、教育と共に生きた三世代の物語。

強い偏見の中、『私塾』を立ち上げ奮闘する夫婦。


昭和36年。教員免許は持たないものの、ひょんなことから生徒に勉強を教えることになった小学校の用務員「大島吾郎」。

いつしか「用務室の守り神」として生徒からも保護者からも密かな信頼を寄せられうようになった彼は、「蕗子」という少女を通し、シングルの蕗子の母「千明」と出会います。

千明は自身が受けた戦中戦後の教育が元で、大の文部省嫌い。学校に代わる、子どもたちに真の教育を与える場として、私塾の立ち上げを目指していました。

吾郎と千明は結婚し夫婦で私塾と営むも、当時は塾に対する世間の目は冷たいもの。偏見にも圧力にも負けず、子どもたちに『真の教育』を行うため奮闘します。


小説の前半は塾に対する偏見との闘いや、文部省の確執が大きい要素になっています。

今や塾に通うのは当たり前の世の中ですが、「塾に通うのは恥ずかしい」という時代があって、世間から冷たい目で見られていた時代があったなんて…。そんな風潮に負けず、将来を見越して突き進む千明の情熱には圧倒されます。


実は私も教員免許を持っているのですが、学校の先生と塾の間には、なんとも言えない溝を感じていました。

「塾への就職も考えている」とポロッと話した時、教育実習の担当教官の顔が凍ったことを思い出します。

「塾に通ってる生徒が多くて、学校の先生としては面白くないんだろうな~」くらいに思っていたのですが、この小説を読んで「なるほど、そういうことだったのね」と納得しました。文部省と塾の確執の根深さは想像以上でした…。


妻としての苦悩や、母としての葛藤、家族の問題も…


受験戦争、ゆとり教育とコロコロと時代が変わる中、がむしゃらに進むうちに塾は大きく成長したものの、夫婦の間には深い亀裂が。夫婦は別れ、千明が塾を引き継ぐも、家族の心はバラバラに…。

成長した長女の蕗子は、なんと千明が大嫌いな学校の先生になります。

小説の中盤からは、千明の妻としての苦悩や、母としての葛藤など、家族も大きなテーマとして描かれます。

夫の吾郎と離れ、蕗子は家を出て知らない間に結婚、出産。それを吾郎の元浮気相手から知らされるというショックな展開もありました…。

『家族とは多少お互いに裏切り合うものかもしれない』というような一文には、ドキッとさせられました。夫とも三人の娘ともうまく気持ちが通わない、中年の母の孤独を痛いほど感じられて。

昔は大人になったら寂しさの感度は鈍るものだと思っていたけど、そんなことない。むしろ切実な孤独になっていくのかもしれません。私の母も、一時期はこんな孤独を感じていたのだろうか…と思うと切なくなりました。

三人の娘がそれぞれ選ぶ道も、母としての千明の奮闘も、読んでいて切なくもあり愛おしくもあり。それでもやっぱり、家族って切っても切れない仲なんですよね。そして女の強さをひしひしと感じました。

教育は力になる。


千明がこんなにも塾に強い思いを持つのは、「自分の頭で考える」ことができる子ども達を育てるため。学校教育に強い不信感を持つ千明は、塾を通して子どもたちの力になろうとします。

塾はただ勉強を教えるところ、知識を詰め込むところという認識が多いかもしれませんが、千明のような思いを持つ塾もあるんです。私が塾講師にハマるきっかけになった塾もそんな塾でした。


実は、塾で教えていると一度は感じる葛藤があります。ひとつは、どうしても先生というだけで偉い立場になっていまうこと。もうひとつは、本当に塾が必要な子どもこそ、塾に通えないこと。

親子2代が抱えてきて、手が回らずにいたその葛藤に光を当てたのが、千明の孫の一郎。

彼は千明の三女とともに、学習支援団体『クレセント』(日訳みかづき)を立ち上げるのです。あまり先生ぶらず、塾に通えない子どもたちのために無料で勉強を教えることを目的とした団体です。

一郎がクレセントの活動を通して気づいた、

教育は、子どもをコントロールするためにあるんじゃない。不条理に抗う力、たやすくコントロールされないための力を授けるためにあるんだ。

この一節は、「そうそう、そうなんだよ!」と拍手喝采したくなりました。

教育は力になる。だからこそ本当に難しく、みかづきのように満ちることなく、常に努力が必要な世界。それがゆえに奥深く、魅力ある世界なんですよね。

いつかまた教育の仕事にかかわれる日は来たら、この本をもう一度よく読み返すと思います。


人もみかづきのようなもの。


満たされない月を教育に例えましたが、実は人間もそうなのだと千明は死の淵で思います。

欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研磨も積むのかもしれない。


単に塾の遍歴ではなく、家族の絆、教育のあり方、人生の意味など、いろいろ胸にどーんとくる小説でした。読後は穏やかな希望がわいてきます。

なかなか分厚い本ですが、難しいテーマを扱いながらもユーモアもたっぷり。登場人物はみなどこか可愛らしく、好感が持てます。

教育にかかわったことのある方もない方も、おすすめの一冊ですよ。